生きている証ネオ

毎日だらだら更新します

何もしたくはないが

寝たのは0時半。
起きたのは5時半。


新しいゲームしかプレイしないという人がいるそうな。
新作は旧作のブラッシュアップだから、旧作はやる必要が
ないということなんだけども、それって性善説だよな。
或いは願望。
そうであって欲しいとか、そうであるべきというのは
理解できるけど、事実はそうとは限らない。
特に同人の世界は玉石混交だからねぇ。

そんなわけで明後日はクニツィア会をします。
どうしても20世紀のゲームが並んでしまうけども、
名作と評価されてるのはその頃のものなのでね。
この人のゲームはテーマを変えて再販されることも
多いようなんだけど、改変されたってケースは
あまり聞かないんだよなぁ。
昨日調べてたら、サムライも再販されてるみたいだし、
レス・パプリカも宇宙開発のゲームになってましたわ。
ちょっと前にはスタンプスとかボツワナなんてのもあったし。

個人的にはそうとういい内容だと思ってるんだけど、
こればっかりになるといけないからという理由だけで
年1回くらいの開催になっている不遇な会だったりします。


そういえば毎回チップを持ち込んでいるのですが、
箱がどうしょうもないことになりましてね。
もう箱としての体裁を整えていません。
そこでジップロックの袋を持ち出しまして、
2セット分ぶちまけました。
このほうがいいんじゃないかなと。


袋小路の開催は月に3~4回くらいあります。
定例会とACPと何か。
ここまでしなくてもいいんだけど、
私に時間があるし会場が確保できるのでねぇ。

正直なところ、私はボードゲームというものに
救われたという自覚がありますので、
こいつの力で誰かを救うことができるんじゃないかと。
そんな気持ちでやってるのも確かです。
ただゲームが好きだとか、広めたいとか、
そういう気持ちだけじゃないんだよね。
・・・なんかボドキュアみたいだな。

もちろんこういうことを続けていることで、
自分が救われ続けているという気持ちもあります。
当たり前だけど、参加する人がそこまで考える必要は全くないです。
私が勝手に思っているだけのこと。
こんなん押し付けても迷惑なだけだろ。


MUSICUS!だが、シナリオで惹きつけるゲームだからと
いうわけじゃないが、キャラクター原画がちょいと弱い。
敢えてそうしてるんじゃないかと思える節もある。
キャラ萌えというのがないんだわ。
そういうのを狙ったゲームじゃないんだろうけど。
安定してるのは弥子くらいか。

そしてこのゲームがいけないのは、
いくらでも遊べてしまうことだ。


落語の根多帳読んでるんだけども、
「三行半」なんてのは最近じゃ使わないねぇ。
「さんぎょうはん」なんて読むアナウンサーも出てきそう。
離縁状のことね。
離縁状ってのは定型文でだいたい三行半くらいで書けるので、
こういう名前がついております。
江戸時代は文字の読み書きをできない人も結構多かったので、
紙に線を三行半書いただけってのも有効だったようで。


アクセス数は落ち着きました。
2日間だけが天井みたいになってました。
って株価みたいな書き方してるけどさ。
あんまり気にしてるわけじゃないんだけどね。